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orange box
筆でかいた文字の掠れまで彫り込んだ細かい彫りの拡大写真。版木の木目に角度が付くように気遣っているのがわかる。

道具と技術



 文字を彫るには、手首を使って、刀をあらゆる角度にまわさなければならない。木目の走っている水平に刀がはいると、欠けてしまうから、いつも角度をつけるように彫る。堅い桜の版木に自在に彫れるようになるには、何年もかかる。
 修業時代、親方のように彫れないのは道具が違うからかもしれないと、こっそり留守中に使ってみたことがある。ものすごくよく彫れた。そっと元のように戻しておいたのだが、親方は刃先を一目見るなり、「誰か使ったな」と見破ってしまい、ものすごく怒られた。彫り師は彫る前に必ず刃先を見る。それくらい道具には神経を使う。「道具を研げるようになって一人前」、常に最高の状態に道具を保っておけることが、技術の要。
 たとえ今日研いだ刃先がいい切れ味でも、明日は木の状態も刃の状態も同じではない。よく研ぐことができても、使い切る技術がなければデリケートな刃先は折れてしまう。きりのない変化に対応できる感覚を鍛錬するのには一生かかる。

(石井寅雄さん)

 
前の写真の版木の文字の刷り上がり
版木の写真

舟底



 版木は舟底のように彫れと言う。舟の先は上がってるでしょ。横から見て直角だと、角に絵の具がたまる。そこへ紙をのせてバレンでこすると、たまった絵の具が全部紙にくっついてしまう。舟底になってると、刷毛で絵の具をのせたとき、自然にぬけてきれいに絵の具が残らない。そういうことのできる彫り師は今はなかなか居ない。だから年中ブラシでトントコトントコ叩いて絵の具を掃き出すわけだけど、そうすると板が痛む。彫り師によって刷り師が楽だというのはそこにある。板によって苦労が全然ちがう。

(関健二さん)

 
 
版木の写真

刷り返し



 昔は色板を作る時に、まず輪郭の板を彫って、和紙に墨で色板の分だけ刷る。それでほしい部分に色を塗ってひっくり返して板に貼って彫る。板に貼るとき糊で紙がぬれるから紙がのびてしまう。のびたまま乾いて彫るから輪郭の板よりものびるわけ、色板が。そうすると刷っても合わない。新しい板だとどうしても合わないのがある。そういう時は彫り直しだよね、もう一回。

(関健二さん)

 
 今はコピー機があるから、それをひっくり返して貼る。貼ってから少し湿らせて、薄く紙をはいでいく。コピー用紙でも糊の加減で昔の和紙のように薄くできる。

(石井寅雄さん)