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orange box



藍、紅、硫黄



 アクリルやチューブの新しい色も増えたけど、世の中から消えちゃった色も随分ある。アイなんかでも、アメリカのクレヨンみたいに、藍棒って言って棒だった。それを摩ったり削ったりして使った。その色がこうねえ…。自然からとるかそらあ知らないけども。
 紅だって昔は食紅。食べれるんです。昔ね、親方んちでこれを溶かしておいとくでしょう、ねずみが食ってしまうんだよ。そして赤いウンコしていくの。本洋紅ほんようこうと言って、それで染めた昔の振り袖はきれいだったの。今の振り袖の赤は汚いの。紅の質が違う。昔の紅は見ると黒いんです。溶かすとものすごくきれいな赤になる。深みのある。今のは見るとすごく鮮やかなんだけど刷ると黒くなる。逆なの。
 黄色も今は化学的な黄色だけど、昔は火山からとってくる硫黄いおう。だから職人は黄色と言わない。硫黄と言う。 
 

(関健二さん)


 

 染色家・山崎青樹さんのお話では、18世紀に鈴木春信らが創始した多色刷り木版印刷は、和紙の繊維に水溶性の植物染料を浸透させる染め物の技術を多用したものだったという。タデ藍を主原料とする日本の藍は、Japan Blue や Hirosige Blue とも呼ばれるそうだが、木版画にこの青を生かしたデザインが多いのは、当時の染色技術の発展と縁が深いのかもしれない。




艶墨、中墨、薄墨



 艶墨つやずみっていうのはものすごく濃い墨。習字に使う墨の折れたのをまとめて買って、瓶の中で水につけて1ヶ月もすると柔らかくなる。それを当たり鉢でおろして使う。昔は全部いちいち墨で摩っていたらしいの。摩ると粒子が細かいでしょう、だから非常にきれいだったみたい。
 もう少し薄い中墨ちゅうずみ薄墨うすずみは、艶墨を薄めたり、普通の墨汁を薄めたりして使う。
 たとえば、歌麿の頭はただの黒かもしれないけど、3つ手がかかる。はじめに薄墨でベタを刷る。その上に中墨というのをもう一回刷って、最後に毛割という髪のスジを艶墨で刷る。もし中墨がないと、髪の毛割が濃いから毛のスジの間が白っぽくバチンと出て白髪になってしまうし、自然の頭の形に見えなくて「カツラかぶってます」になってしまう。


(関健二さん)





汚しの色



 藍にも色々あって、日に当たると薄くなって無くなってしまう藍もある。色が飛ぶって言うんだけど、そういう色を使うときは飛ばない藍と混ぜることによって抑えることができる。一色だけ使うと無くなってしまう。
 色の濃さには限度がある。どんなに濃くしてもそれ以上超えられないという。それをどうやって超えるかということが難しい。藍に藍を足しても濃くはならない。濃くなるということは少し黒くなることでしょう。だからといって、黒を足すと汚い藍になる。黒はよっぽどじゃない限り入れない。
 白も嫌う。白ってのは浮くんです。刷ったときはきれいなの、非常に刷りやすいの。紙に馴染むというか。でも紙が乾くと、色が中に沈んで白が上に浮いて来る。お白粉といっしょで微妙な色を白がカバーしてしまう。スッキリした色がでないでモヤがかかったようになる。
 赤を出すにしても色を入れて赤にする。だって赤があるじゃないかって、そのままの赤を使うと落ち着きのない嫌みの赤になる。
 墨でもそう。墨の絵だからといって墨汁だけで刷ると茶になってしまう。墨汁は墨と書くけど茶なんです。

(関健二さん)