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彫り師・石井寅雄さんが彫ったかぎ見当。版画用の越前奉書紙がぴったり収まる深さに彫ってある


見当



 見当っていうのは、紙1枚くらいの深さしかいらない。それを2枚の深さに彫ってしまうと、絵がずれてしまう。紙が見当にスッて入るのと、ズッて入るのでは違う。見当が深いと、手で紙を押さえた時に下へ落ちてグッとそちらへ寄る。絵が、紙の厚さくらいずれてしまうわけ。だから見当はどの板も同じ深さになってないといけない。
 

(関健二さん)

 
 


木と水



 刷る前の乾燥している板に、たっぷり水をふくませてから絵の具をのせると、絵の具は水性だから板の中に吸い込まれないで版面を覆う。ごはんだからってやめると板が乾燥して、そのまま絵の具をのせると職人の言葉でカスッパゲっていうのがでる。絵の具がついたりつかなかったりすることだけど、それは非常に汚いでしょう。水をたっぷりふくんだ板ならカスッパゲってのはありえない。

(関健二さん)

 
バレンの中には竹の繊維で縒った紐が入っている。


バレン



 バレンは見た目の大きさが同じでも、中の紐の太さが細いのから太いのまで色々ある。太くなるほど圧力が強い。細いバレンは圧力が弱いから、繊細な線彫りを刷る時や、ゴマ刷りというザラっとした面を刷るときに使う。
 中の紐の縒りのコブを、板をこすって平にならしたバレンをチュウゲキと言う。これで刷ると刷りムラがつぶれて、のっぺりとしたベタ面が刷れる。ツブシという技術だけれど、慣れて来るとツブシ用のバレンでゴマ刷りでもなんでもやってしまう。
 ところがバレンが1つだから痛むのが早い。中のコブがまったくなくなってしまう。だから1年に1回は全部ほどいて1本の紐にもどして、反対向きに縒り直す。
 バレンをくるむ竹皮も痛んでくるから張り替える。これがまた素人にはむずかしくて、下手なのは馬のわらじ、ちょっとはいたら緒がとれちゃう。ビシって破けるし、刷る時の熱が加わると皮がブクつく。皮がブクつくと、どんなに深く板をさらってあってもケツが落ちる。ケツが落ちるって言う、板をさらったところに紙がついて汚れちゃうことを。だから、バレンがビシッと真っ平らでないと、話にならない。刷るだけじゃなくて、道具を作ったり、保護したり、そういうことからして、もう仕事なんだ。

(関健二さん)

 
刷りの技術の中でも最も難しいと言われる一文字ぼかし


ぼかし



 ぼかしというのは、まず刷毛の向こう側に絵の具を付けてこっち側に水を付ける。水の付いてる方に少し力を入れて、絵の具の方をほんのちょっと浮かす。それで水の付いている方を軽く横へ振動させると、絵の具がチューッと水の付いている方へ降りて来る。水の方にギュっと力を入れれば入れるほど絵の具はぼけてくる。で、あ、このぐらいだなっていうところで力をゆるめて、刷毛を板に平均につけて横へまっすぐ引く。
 今の人は、まっすぐに横に引くことがむずかしいからからと言って、板の端に引っかかるローラーを刷毛に付けてころがしたりする。そうすると刷毛を振動させることができないし、絵の具の付いてる方を浮かしたら板からはずれるわけ、ローラーが。板に刷毛がぺったり付いたままだから、絵の具が降りて来るのを止めてしまっている。だからいつまでたってもぼけないで、ただの線をひいているような汚いぼかしになる。
 昔の人はこうやってやるんだよ、水つけて、真ん中に絵の具をちょんと付けてやるんだよって、教わってこなければ簡単にできることではない。

(関健二さん)